うたの王子さまたちでいろいろ。はじめにまたはプロフを御一読ください。
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マサレン
暴力表現があります
直接的な性描写はありませんが仄めかしているのでR-15
暴力表現があります
直接的な性描写はありませんが仄めかしているのでR-15
きっかけがいつだったのか、思い出すのには時間が経ちすぎていた。ただ、何だったのかははっきりと覚えている。
神宮寺のいつもの表情が崩れて、何かに怯えるような余裕のない顔を初めて見たとき、聖川は酷く心を惹かれた。子供の時だって、無邪気な表情は見たことがあっても、そんな顔は見たことがなかった。鼻につくほど余裕綽々で、いけすかないところがある男なのだ。
そんな奴が何かの拍子で、憔悴しきった顔を全面に打ち出したとき、よからぬ何かを存分に刺激された気分になった。その表情は一瞬でいつもの余裕の笑みに呑み込まれたが、その直前の顔は、聖川の脳裏にしっかりと焼き付けられた。他の誰もがその微妙な変化を見落としたらしく、何事もなく時間は過ぎていった。おそらく神宮寺自身も気づいていないのであろう。聖川は、誰も知らない、知られてはならない、重大な秘密を手にしたような気持ちになった。同時に、またあんな顔をさせてやりたい、他の奴らには知られたくはないといった、歪な願望が目覚めてしまったのである。
きっとこれは、その表れなのだ。
固く握り締めた拳が、勢いに任せて降り下ろされる。
神宮寺は必死に顔だけは守ろうと腕で頭部を保護するように覆っていた。芸能事務所に所属し、アイドルとして活動している以上、商売道具でもある顔に、下手な傷をつけてはならないからだ。
同じくアイドルとして活動する聖川ではあるが、そんな配慮は微塵もなかった。殴りたいから殴る、蹴りたいから蹴る。それ以外に理由は要らないとでも言うように、聖川は無言で暴力をふるっていた。氷のように冷淡な瞳の奥には、抑えきれないほどの興奮が見え隠れしている。
腕の隙間から見える神宮寺の顔は痛みやら屈辱やらで歪んでいた。聖川はその表情を見て、ああ、これだ、と思った。この顔をさせたかったのだ。
普段の作り込まれた完璧な笑顔は剥がれ落ちて、侮蔑や憎悪、悔しさが混ざった目をしている。笑顔よりもよっぽど生々しかった。神宮寺が必死に隠そうとする感情が、惜しげもなく晒されている。この顔をさせたのは紛れもない自分なのだと思うと、聖川は昂りを抑えることが出来なかった。
神宮寺の顔を覆うように組まれていた手を強引に引き剥がし、頭上で固定するように抑える。胸元で意味もなくぶら下がっていたネクタイを引き抜くと、痣だらけになってしまった腕に、きつく結びつける。これまで隠してきた顔を晒すような格好に、神宮寺は一層悔しそうな顔をした。対する聖川は、それを見て、口の端を歪め、満足げに笑んだ。神宮寺の顔に余裕なんてものは残っていない。どこか怯えているようにも見える。
唐突に始まったこれに、怯えているのだろうと、聖川は考えた。普段はろくに会話もせず、話しかけられたかと思うと一方的な暴力が降りかかる。怯えないわけがなかった。
もっと神宮寺の顔を歪めたい。恐怖させたい。泣かせてやりたい。聖川の中に、ドス黒い欲望が沸き上がっていく。聖川の手が神宮寺の首にかけられた。ピアノを奏でる指が、細い喉を締め付ける。神宮寺は抵抗を見せるも、結局は聖川に屈するしかなかった。徐々に強められる指の力に、酸素の供給はどんどん失われていく。声にならない叫びが喉から漏れていた。
聖川の中で、かわいそうだとか、そういった類の感覚はすっかり麻痺していた。神宮寺が苦しさから流す涙にすらなにも感じなかった。ようやく泣いたな、とぼんやりと感じただけである。流石にこのままでは死ぬだろう、とやけに冷静な頭で考えて、気まぐれのようにパッと手を離すと、いきなり流れ込んできた酸素に溺れるかのように、ゲホゲホと咳き込んだ。締め付けた通りに首についた痣が痛々しい。誰にも束縛されない男が、支配を象徴する首輪で拘束されたようである。その様子が聖川の征服欲を存分に満たした。
神宮寺は荒い呼吸を繰り返しながらも、何をしてくれる、とでも言いたげな瞳をしていた。涙を滲ませながらも挑発するように向けられるそれに、ついに聖川の理性は跡形もなく爆ぜた。
聖川が噛みつくように強引に唇を塞ぎ、口内を侵食する。酸素を取り込もうと開かれたそこが塞がれたことで、再び酸欠に陥る。気を失いかけた神宮寺を無理矢理引き戻すかのように、聖川は髪を引っ張った。その痛みで、神宮寺の意識は一気に鮮明になる。
見せつけるかのような暴力に、神宮寺は辟易した。いっそ気絶でもすれば、楽になるだろうに。そんな神宮寺の希望など無視して、聖川は行為を続行する。下半身、それもアナルに指が添えられたとき、神宮寺は思わず泣き出してしまった。こういうときの自らの勘の鋭さに、つくづく嫌気が差す。男が他人の、それも同じ男のそこに手を伸ばすのは、やはりそのためなのだろう。
拒絶の言葉は、聖川の拳によって、短い呻きと共に消えた。
獣のように猛る聖川を前に為す術もなく、神宮寺は強引に組み敷かれた。
◆◇◆
「ほんとうに、すまなかった」
非情なまでに無体を働いていた、さっきまでの聖川の姿はどこにもいない。嫌われることを恐れるように、弱々しく謝罪を繰り返す男がそこにいるだけである。その様子を神宮寺はただ冷静に眺めていた。何か言う気にもならなかった。殴られた場所がじんじんと痛み、強姦じみたセックスによって疲弊しきった身体を苛む。疲れきってしまった為か、もう何もかもがどうでもよくなっていた。
「どうかしていたんだ」
「……」
「こんなつもりではなかった」
頼む、許してくれ、と聖川は今にも泣きそうな声で懇願した。泣きたいのはこっちだ、と思いながらも、神宮寺はただ黙って聖川の後頭部を見つめる。
「なんで、」
なんでこんなことをしたんだ。神宮寺は掠れた声で呟いた。
散々悲鳴をあげたためか、喉がヒリヒリと痛む。これも全て聖川のせいだ、と忌々しく思うも、やはり疲弊のために、怒る気にもなれない。
「顔上げろよ、ひじりかわ」
「神宮寺……」
聖川は覗き込むようにして、神宮寺の目を見た。
やけに冷たく濁っていて、深淵を覗くのを拒絶する、そんな目だった。
「嫌いにならないでくれ」
とっさに口をついて出た言葉が、聖川自身にも情けなく感じられた。しかし本心であった。
嫌われて当然のことをしたが、嫌われたくない。都合のよい考えだと分かっていたが、何故だか神宮寺に嫌われたら生きていけない気がしたのだ。
「馬鹿だな」
神宮寺は口元に薄く笑いを浮かべた。すがるような聖川の表情を見て、何故だか拒絶することが出来なかった。
子供の頃の面影が、目の前の男に重なる。神宮寺を装飾するあらゆる肩書きに囚われず、ただひたむきに神宮寺本人を求める姿。これが、愛されることなのではないかと思うほどに、聖川の瞳は真摯だった。それを拒むことが出来るほど、神宮寺はそういったものに満たされていなかった。
「お前なんか、ずっと嫌いだよ」
ありがとう、と聖川は呟いて、神宮寺をそっと抱き締めた。神宮寺はそれを、目を閉じて受け入れた。
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